過度に子供を心配する母親

”母親”とは、子供を産んだから、すぐに”母親”になるのではなく

子供を育てていく過程の中で、徐々に母親になっていくモノだと思いますが

先日、家族が見ていたTVで、過度に子供を心配している母親が映っていて

彼女が涙している姿を見たときに、非常に心が痛みました。

娘がまだ小さい頃、彼女が風邪などで具合を悪くし

苦しんでいるのを見ることが、何よりも辛い、できるなら代わりたいと

思ったモノですが

そう思えば思うほど、わたし自身が苦しくなっていくことに気づきました。

 

これは、母親だからこそ分かる痛み、苦しみなのですが

いくら子供が愛おしいとはいえ、代わりに病気の苦しみを請け負うことは

たとえ、母親でもできないんですよね。

 

これは、なにを意味するか?といえば

母親と子供の人生は、おなじではない、ということ。

子供の人生を、母親が一緒に歩いていくことは不可能、ということを

意味しています。

 

過度に子供を心配する母親は、この意味を分からない

理解していないように感じています。

 

愛が深いが故の苦しみ、というところでしょうか。

それは執着と捉えられる、深い愛情です。

しかしその愛情が、ひとりで生きていこうとする・・・

いや、ひとりで生きていく力をもうすでに備えているはずの子供の成長を

押さえ込んでしまっているんですよね。

 

風邪の熱ひとつ、咳ひとつ

母親は子供の代わりに請け負うことはできません。

ということは、子供は子供の人生を、自分の身体で、意識で精神で

歩いている、ということになるのです。

 

風邪で苦しむ子供を見ているしかない母親の気持ちは

切なく、苦しいのですが

その苦しみや切なさは、子供が感じているモノではなく

母親自身が感じているモノであり

子供は、懸命に病気から立ち直ろうと必死です。

そこには、子供の輝かしい生命のエネルギーが備わっていて

前に進んでいこうというパワーが、ある。

 

そう思ったら、母親は過度に苦しみや切なさ、心配や不安を

抱えるのではなく

そのエネルギーを、子供を信じる、という方向へ向けていけば

子供は、自由にのびのびと育っていくと思っています。

 

思えば、母親のお腹にいるとき

子供は、この世に産まれて死に向かうまでの間に使うべき

前に進んでいくエネルギーを十分に備えて生まれてくるんですよね。

 

こんなことを書いている私ですが

実は、母親としてはまったく自信のない人間だったんです。

母性の方は、旦那さんのほうがたっぷり備わっていて

どこか男性脳の傾向が強い私は、子供を育てる過程を

理論的に捉えようとするところがあって

逆にそれは、クールでドライな、愛情が薄い母親に見られたようですね(笑)

 

この冷静さ、自分と他人の人生はまったく違うもの

たとえ家族であっても、この法則は変わらないと思っている理性が

過度に子供を心配する母親にさせなかったように思います。

 

子供の行く末を心配するお母さんに出会うと

よく話す言葉があるんです。

 

「今、感じているその心配や不安は出所を

よく考えてみたら?それはね、子供があなたに与えている

心配や不安ではなくて、あなたの中にある心配や不安だよ」

 

基本的に女性は頭が良いんです。

チャクラも、脳にエネルギーを供給する6,7チャクラが

開いている方が多いのは女性に多い。

その賢さをプラスの方向に向かわせると

感情の出所は、自分か?他人か?が分かってくると思いますよ。