しあわせになる義務

昨日、イベントの打ち合わせをしていたのですが

そのときに、とある話をしたら

コラボを組んでいる手相占い師の先生が

涙ぐみながら「染みるわぁ~」と話していました

 

ハートが開いていると、涙ぐむことが多くなりますね。

年のせいか??(笑)

かくゆう私も涙腺は緩いですね。

 

で、どんな話をしていたか?というと

なぜ、人間が肉体を持って生まれてきたのか?

というお話なんです。

これは私の経験から得たことなのですが

数年前に、友達を急死することがあったんですね。

 

ついさっきまで元気だったのに、事故で亡くなってしまった友人を見たときに

死んでしまったら、お米一つ、お水一滴、口に入れられない

食べられないと思ったときに

肉体を持って、生きているわたしたちは

今、この地球に足をつけて生きていること、そのものが

もうすでにチャンスであり、幸せであるんだと思ったんです。

 

炊きたてのご飯って美味しいですよね。

甘くて、美味しいおかずを、より一層引き立ててくれるし

喉がカラカラに乾いているときのお水は

どんな飲み物よりも美味しいと感じます。

 

生きていると、そんなふうにして私たちは幸せを感じられます。

それはあまりにも日常過ぎて、当たり前じゃん!と思うかもしれません。

でも、それは本当に当たり前のことでしょうか?

 

亡くなってしまった人には、できない行為が

生きている人にはできる、ある意味、特権です。

 

息を吸う、吐く、食べる、眠る、目覚める

家族と話をする、友達と会う

これも、死体にはできないこと。

 

生きているって、当たり前ではなくて

ラッキーで、幸せなことで、ありがたーいこと。

 

肉体を持って生まれてきたということには

何か意味があるように私は感じているんですよね。

五感を持っている身体を使って、いろいろ経験してみて!と

言われているように、いつも感じるんです。

 

よく、目に見えない存在・・・天使とか精霊とか、霊とか

そういった類のものを見てみたい!とおっしゃる方もいますが

この肉眼は、なんのために作られ、与えられ

今も血液を送り込まれながら、私たちに風景を映してくれているのか?

 

それは、やはり、目の前にあるもの

色を持ち、光を持ち、おなじように地球の上で生きている

すべてのものを見るようにと与えられたように思うんです。

確かに、天使や精霊も見える人がいると思いますが

本当に、そういった類のものが見える人こそ

”今”を大切にされています。

地に足をつけて、生きることを何よりも大事にされています。

なので、実際に目に見えない存在が見えていたとしても

「見えるんだよ」とは、滅多に口にされません。

 

目に見えないものには、見えない理由があるんだそうですよ。

実際に見える人から聴いたことがあります。

 

肉体を持っている理由が、なんだかそこにある気がしませんか?

 

私たちは肉眼が映し出すものを見るだけで十分なんでしょうね。

もう足りているぐらい、与えられている、たくさんの幸せを

生きている間に、たくさん、たくさん味わってね~と

言われているような気がしてくるんですよね。

 

今、しあわせじゃないなーと思っている方がいらっしゃったら

幸せになる義務があるんだ!と思って、幸せを見つけてみてください。

きっと、周囲の至るところに幸せがあるはずですよ。

 

亡くなった友人は、もう甘くてモチモチのご飯を食べられないけど

私は、頂くことができる。

これは生きているからこその、幸せだと私は思っています。

苦しみも辛さも、実は幸せなこと(笑)。

生きることは、まるごとすべて、チャンスなんだなーと感じる毎日です。