レイキを伝えるという志

以前は、自分の意志を持ち、自分で考えた役割を

生きているあいだにするのだと思っていましたが

最近は、私に意志はなく、役割も知らず

だれかに、なにかに決められた役割を与えられ生かされているのだと

思うようになりました。

なので、自分で考えて動いているように見えて

実は、他人任せというか、流れに任せて

私にできることを、やらせていただいているんですね。

 

レイキティーチャーになったのは、流れに任せる前の

私の意志が働いていたときに受けたもので、ただただ、レイキが好きで

身体を元気にしてくれたレイキへの感謝から

今まで、ティーチャーとしての役割をさせていただいています。

 

私のところにレイキを受けにきてくださる方たちの中で

やっぱり、ふしぎなご縁を感じる方、というのがいらっしゃるんですね。

 

会った瞬間から気になって、なんだか大好きで

おそらく、街中で出会ったとしても、きっと同じ感情を持つだろうなぁというような

これ、といった理由はないけれど、魂の部分で震えてくるという出会い。

 

その方も出会った瞬間、笑顔を見た瞬間から

私の中の私が「大好きだー」と言い出すような方で

私よりも年上なのに、妹みたいに思える方です。

 

その方のレイキを受けに来られた理由がきょう、なくなってしまいました。

ご病気になられたその方のために受けたレイキ。

もう、レイキをその方に流す理由がなくなってしまいました。

 

彼女が2年前の震災後に、私にメールをくれて

レイキヒーラーとして活動していきたいと思っているけど

私にできるのか?私でいいのか?という葛藤があると話をしてくれたとき

自分のためでなく、人のためにレイキを受けると決めた彼女の優しさがあれば

もうそれはすでにヒーラーなんだよと伝えたことを、ふと、思い出しました。

 

たかが私のような、ひよっこに、誰かのために何かできるとは思っていませんが

それでも、抗ってみたかった、と思う出来事でした。

 

自分の意志で決めていた頃に、自分で決めたティーチャーという道です。

一生懸命さだけは誰にも負けないけれど、才能があるか?と言われれば

どこか自信がない、私でいいのか?これって私の役割なのか?と思う、このお仕事。

誰よりも大好きで、誰よりも一生懸命だけれど

いつか、やらなくなるときがくるかもしれない、と思っていた、ティーチャーという仕事。

 

抗ってみたかった、という後悔というマイナスのバネが

自分の中で跳ねているようです。

 

自分の意志で選んだものであれ

今でも、レイキを伝える仕事をさせて頂いているのであれば

それは、すでに誰かが、何かが決めた理由が働いているから、かもしれない。

 

そんなことを考えた1日。

きょうは風が強いですね。

 

どうぞ、大好きなあの人のこころが癒されますように。

大好きなあの人の、大切な方のご冥福をお祈り致します