勝ち負けはいらない

昨年の4月、岐阜県養老で撮った写真。

なにをしてるの??と思われたかもしれませんが

尾崎里美先生の愛弟子さんである、ゆきりんが

名刺で割り箸を切る、という、イメージしたことは実現するのだよ

というワークを教えてくれているところです。

その、ゆきりんが、フェイスブックで

とっても素晴らしいカキコミをされていたので

シェアさせてください!

 

本当に、人は必要なときに、必要なことと必要な人に出会います。
やっとそれが理解できるようになりました。
強くなる秘訣は たくさん負けることだとも理解しました。
でも、勝ち負けは本当は必要ないことだともわかりました。
人が勝ち負けと認識するだけだと。
かつて上司に「あなたのその優しさが命取りにならないように」と言われました。

優しさが命とりになる?なんのこっちゃろと。
なるほど~と、そんな出来事も経験しましたが 
今ははっきり言えます。
優しさは 決して命取りにはなりません。
その優しさが、相手に向いているなら♪

 

 

ゆきりんは、初めて会ったとき「福の神」と思って

一瞬で大好きになった人です。

 

いつから勝ち負けで、物事を考えていたんだろうか?

 

このカキコミを読んだときに、はっと我に返ったんですよね。

 

資本主義の原理として、勝ち負けがあるから

この社会で生きていれば、自然と身についてしまうものであるかもしれませんが

勝った、負けたという視点でいったい何が生まれるんだろう?と思ったら

それは、負けた側の妬みや復讐など、決して良いものが生まれないんです。

 

勝った、負けたは所詮、人間が判断していることで

大いなる自然から見れば、取るに足らないもの。

 

自然の中では、勝ち負けに例えられるような

狩るもの、狩られるものの戦いが繰り広げられていますが

そこには、死だけでなく、必ず再生がある。

 

私は優しいひと、という括りに入る人間で

日頃から、いろんなことを頼まれます。

なかには、常識からはずれた、失礼なこととしか思えないことも

実は頼まれることがあって、そんなときですら

断ろうか?それとも受けるべきか?悩むんです。

 

その人にとって見れば、困っていることだから、受けてやりたいけど

これは、本当にその人のためになるのか?と思ったら

断らなければならないこともあるし

逆に、自分を守る、という意味で断ることもあります。

 

ゆきりんが言うように、優しさが命取りになると言われ

確かにねぇ・・・という苦い経験をしてきたけれど

わたし以上に相手を思い、徹底的な優しさを向け

強気に強く、弱気に優しい人たちを見ていると

私などは、まだまだ鬼だな・・・と自分を責めることもしばしば。

 

でも、大先輩のゆきりんが経験の中からの生まれた言葉を聴くと

ま、よかったんだよなぁ、それで。

と、自分にOKが出せました。

 

優しいが故に、相手に私の思いが伝わらなくて

痛いしっぺ返しを食らうことがあっても

ま、いっかぁ~で過ごせばいいんだ、と思えたことで

 

痛い思いをし、赦せなかった自分を赦せたようです。

 

1年前、尾崎里美先生のセミナーに神戸まで通っていたとき

これからの時代は分離ではなく統合だ、と何度も聴いてきたのですが

その意味が、ようやく分かりました。

 

その優しさが、統合する愛であるならばOK

もし、分離をするエゴであるならば、その選択はしない。

 

そんな素敵なことを教えてくれるゆきりんのセミナーを

6月8日に飯田市で開催する計画をしています。


辛いこと嫌なことを、自分の中で浄化して愛に変え、人に与える。

そんな人です。

沖縄セミナー、ハグコンが終わったら

さっそく、取りかかりますよ~~。