かっこ悪くてOK!!

サロンのテーブルに並べた、美しいボトル。見ているだけで癒されますよね。

ヒーリングは、傷を癒すためにあるだけでなく、その人が前を向き、一人で立ち上がり、自分の試練へと立ち向かっていくためにも存在すると、最近、感じています。

かっこ悪くてOK!

あるミスを犯した友人が、私に指摘されて「申し訳ありません」と言ってきたことがあります。

謝ってくれれば別にOKなことだったのですが、その方は、とあるミスを再度、重ねてしまった。

 

それは、ミスをした自分を守ってしまった。

 

ミスをしたり、失敗をすることは、心がチクチクとする痛いことですが、その痛みから自分を守る、もしくは逃げていては、実は、心の、もしくは魂の成長はないんだろうと思っています。

 

たいがい、弱い方というのはミスを犯したとき、自分を守りたいので言い訳をします。

できていない自分を隠し通そうとするんです。
ミスをした自分のかっこ悪さ、私に指摘をされた恥ずかしさ、それから逃れようと自分を取り繕い、痛みや恥ずかしさから逃れようとする。

 

実は、以前の私はそんな人間でした。

プライドの高さと弱さが混ざり合い、ミスをするとそこから逃れようと必死になって、相手のあらを探し、相手のマイナスを突き、それはもう最悪な人間でしたね。いま思い出すと、なんとまあダメな人だったんだろうと思います。

 

そんな自分の弱さを教えてくれたのは、旦那さんでした。

母親から細やかな愛情を次男という環境で、途切れることなく受け取ってきた彼は、自分に対して絶対な自信を持っています。その自信は「僕は人から愛されている」という、この世で生きていく上で必要不可欠な、両親から受け取る愛情です。その愛情は人を強くします。誰かひとりでも、絶対的に愛してくれる人がいると、人間はとても強くなります。

旦那さんは、そんな強い愛情を持った人で、実際には、自分がやっていない部下のミスで、上司に叱られても反論しない、頭を下げられる人だったんですよね。そして、部下には何も言わない。部下は部下で、旦那さんに申し訳ないという気持ちを持っているんだけど、素直に謝ることができない。それでも彼は、部下に対し態度を変えることはありませんでした。

 

それは尊敬に値する姿でしたし、私が彼に絶対的な愛情を示すのは、愛の前に彼への尊敬があるからです。

 

そんな旦那さんと出会うことで、私は自分の未熟さを知り、いつのまにか、泥をかぶることも恥を掻くことも、人から嫌われることも良しとする、そんな自分が出来上がりました。

そうなると、生きていることそのものが楽になり、人と比べることもないですから悩みがありません。毎日を平和としあわせと、心の豊かさの中で過ごしています。

 

人との出会いは、魂の成長を促してくれるもの、だと私は思っています。

それは夫婦関係だけでなく、親子関係もそうでしょう。

 

私の友人が、母親との関係のあいだにあるブロックに本気で立ち向かう決意をしました。

人間関係から起きる摩擦は大きなストレスを与えるので、親子間のブロックに立ち向かうことは、大きなエネルギーと勇気のいることでしょう。それでも、友人は自分の足で立つことを決意し、たったひとりで、前に進むことを決めました。

 

これは賞賛に値する行為だと思っています。

 

自分と向き合うとき、きっと、その姿はかっこいいものとは遠くかけな離れたものでしょう。時には泣いて、大騒ぎして かっこ悪い姿かも知れません。

それでも、そんなかっこ悪い自分でもOKなんだと気づいたとき、開かないと思っていた扉が開くのだと思います。

 

弱い自分。失敗、ミスをする自分。そして、それらを隠そうと取り繕う自分。

 

そんな自分も、丸ごと包み込んで愛して、許してあげてください。誰もなにも、できていない自分、かっこ悪い自分を責める人はいませんから。むしろその戦う姿は、誰よりも素晴らしい、輝かしい姿なのだと私は思います。

 

記念すべき40歳の私の誕生日。

そんなメッセージをブログを通し、あなたにお送りします。

1年後のあなたが、輝かしい存在であることを信じて。