肉体を持って生まれた理由

東京の友達が今年の秋に、個展を開きます。彼女の絵を見たとき、その多彩さに感心したのですが、それと同時に、彼女の絵から受けるインスピレーションが、自分の感性とあっている、と感じました。
今、頭の中が創作活動にゆっくりとシフトしているなかで、イメージは、私の文章に彼女の絵がくっついて彩られていく・・・というものに繋がっています。しかしまだ私が勝手にイメージしているだけで正式に依頼していないので、秋の個展が終わったら正式に依頼しようかと思ってます(笑)

人間として、この地上でしあわせになる

大学で受けた授業の中で、いちばん面白く、今でも覚えている授業があります。

それは、病気になったとき賢い患者として、いかに治療を進めていくか?ということがテーマの授業で、その中には細胞に関する講義も含まれていました。

いわゆる、自然治癒力の講義なのですが、私たちの細胞は、1日にいくつかのガン細胞を作り出しています。ですが、ガンが発症するのは特定の方だけで、誰もがガンを発症するわけではないですよね。

なぜ、そうなるか?といえば、細胞がアポトーシスという、いわゆる細胞の自殺を起こして、傷ついた細胞がコピーされ残らないようにしているわけです。

これは、脳が指令を与えているわけではなく、細胞自らが起こす行動。細胞が持っているこのシステムには驚かされますよね。

いつか朽ちていく肉体ではあるけれども、細胞たちは死が訪れる瞬間まで、”生きよう”とする行為を止めることはありません。

 

こんな素晴らしい肉体を持った人間ですが、細胞の固まりである肉体よりも、意識や精神にフォーカスしたり、または目に見えない存在、エネルギーや、オーラやチャクラを見ることに懸命になっている方がいらっしゃいます。

 

しかし、そんな方に限って、自分が望む幸せや、自分の本質から遠ざかっているというケースも少なくありません。

 

本当は幸せであるはずなのに、その幸せに気づかない。

幸運や、楽しさ、幸福に包まれているはずなのに、そのことにまったく気づかず、目に見えないものばかりを追い求めてしまう。

ひとの心の弱さ

私はヒーリングを教えていただいた先生方から、人間の心の弱さを教わりました。

 

一般的に誰もが見えるわけではないものを”見たい”と思うエゴや、人よりも優れていると思いたいエゴに心を許してしまう、人の弱さ。

 

ヒーリングを始めたばかりの頃、この人間の弱い心を試すかのような出来事が起き、ついうっかり、耳を傾けてしまった経験があるので、人の心の弱さについては体験として味わっていますが、オーラが見えたり、何かを感じられることが特別なことで、スピリチュアルがもてはやされる中で、その能力は優れたものである、と思われてしまう方もいらっしゃるのだろうと思います。

 

しかし、私の経験からすれば、ヒーリングをする上でも、ひとりの人間として生きる上でも、オーラやチャクラが見えたり、目に見えない何かを感じることよりも、人として与えられた肉体が持っている感覚を駆使して、地上にいる今の環境を生きていった方が、人として幸せだ、と思うんです。

 

そして、ヒーリングをする上では、欠かせない感覚、要素でもあると思っています。

 

人間として生きているからこそ出来ることがある

死んでしまうと、細胞も当然ながら死んでしまいます。

そうすると、誰もが分かることですが、呼吸も出来ず、食べることも出来ず、指一本、動かすことが出来ません。

 

亡くなった人は、もう動きません。

 

それって、どういうことか?
あなたの大好きな人に、触れたり話したり、大好きなお菓子を食べたり、好きな音楽を聴いたり、できなくなるということです。

 

それって、しあわせですか?

私は、しあわせではないなと思うんですよね。

生きているうちに、美味しいものを食べて、大好きな音楽を聴いて、友達といっぱい話して、家族と楽しく過ごしていたい。

 

そして、それらは目に見えないエネルギーが見えなくても感じなくても、得ることの出来る幸せ、なんですよね。

 

なぜ、人間が肉体を持って生まれたのか?

エネルギーのように、時間、空間を超越して動くことのできない、いわば、不器用な、なかなか不便な肉体を、なぜ持って生まれているのか?


それは、人間が肉体を持って生まれたからこそ味わうことのできる、しあわせのなかに理由があるのだと思うんです。

 

生きているからこそ、喜怒哀楽を含め、皮膚で感じる感覚、目で見る景色、好きな人、嫌いな人の顔、不愉快な音やきれいな音、光、色・・・・肉体を持っているからこそ、味わえる感覚を肉体を通して感じるそこに、幸せは含まれていると思うんです。

 

愛されている環境に身を置きながら、そのことに気づかず、満ち足りているはずなのに、足りないところにばかりフォーカスし、自分が不幸なのは、エネルギーが悪いのだ、前世が原因だ、なにかに取り憑かれている等々・・・・を、聴くことがありますが、地に足の着いた状態から見れば、それは、地に足が着いていない、人よりもずっと高い場所にいるからこそ、見えないだけなのだ、と思うんですよね。

 

地に足を着ければ、自分と同じ視線、視界を持った人たちがいます。

しかも、その人たちはあなたを認め、愛し、求めています。

なのに、空中に浮いてしまっているから、その人たちの顔が見られず、声が届かない。

 

肉体をもって生きることは、苦しみや辛さ、痛みも伴うものでもありますが、それ以上に、楽しくてワクワクして、嬉しいことがいっぱいあることに、地に足を着け、肉体を感じて生きていけるといいですよね。

 



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