過去の自分を癒す 遠隔レイキ

カンボジア アンコールワット
カンボジア アンコールワット

今から5年ほど前の私のヒーリング体験なのですが、主人の仕事を手伝っていて、主人にちょっと叱られる程度の失敗をしただけだったのに、その場にいるのが怖くてたまらないと思うほど自分が萎縮したことがキッカケで、レイキの師匠に連絡を取り、ヒプノセラピーを受けたことがありました。

 

主人はそれほど怒っていないというのに、自分の「ここにいられない」と思うような怯え方に、「いったいこんな私にしたのは誰だ?」と思ったことを今でも強烈に覚えています。

 

結果的には、自信のないまま私を育てた母親と 母の失敗を大げさによく叱っていた父親の影響が今の自分に出ており、子供時代の影響が今の自分にまで及んでいることを知ったヒーリング体験だったのですが、その後、レイキを持っている事とヒプノを何度か受けていることで、自分のトラウマや傷を 夢の中で思い出すことが多くなりました。

 

脳が疲労して見せる夢と、メッセージ性のある夢、過去や前世にかかわる夢の区別がつくほどになっていますが、前回のブログで書いたとおり、トラウマの記憶は 自分が受け止められる準備が整った頃に思い出すので、トラウマにかかわる出来事を夢で見たときはなるべく記憶して、思い当たる過去に遠隔レイキをしたり、または推測と思考を重ねて原因を突き止めています。

 

10代の真っ暗だった過去に遠隔レイキを送ったことを前回のブログで書きましたが、その翌朝、やはり夢でトラウマにかかわる出来事を見ていました。

 

キーワードは「仲間はずれ」

それだけは覚えてますが、映像は断片的で文章に出来ないほどですが、夢を見ていた私は嗚咽が漏れそうなほどに泣いていて、ふと、思い出したことがあったんですよね。

 

子供の頃の私は、自由奔放で無邪気、人見知りなどせずに初めて会った人とすぐ友だちになるほどの明るい子供でした。その無邪気さは時としてわがままと見られることもあり、両親からよくわがままだと叱られていた子供でした。

 

このわがままさは、他人をまったく気にしないという性格を持っていて、自由奔放さと無邪気さを貫いていた私も、どうやらあるとき、クラスメイトからじわりじわりと仲間はずれにされる経験をしたようなんですよね。・・・・したよう というのは、あまり記憶がなくてよく思い出されない。ただ、自分の誕生日に自宅で誕生パーティを開くから来てと友達を誘ったのに、誰も来てくれなかったという記憶あたりから、子供の頃の私の様子が変わっていくのだけは よく覚えています。

 

まあ、おそらくはそのあたりでしょうね、子供の心が傷ついたのは。

 

誕生日パーティに誰も来てくれなかったという出来事の後の私は、特定の友達としか遊ばない子供になり、先生からよく「ほかの子とも遊ぶようにしましょう」と通知表に書かれていたのを記憶しています。

 

転校したその日に友達を何人も連れて帰宅した子供が、1,2年ほどで変わってしまう変貌振りです。

 

小学校の低学年から高学年へと移る時期でもあったので、心と体の成長もはやく、外向きだった性格が内向きになることもあると思いますが、仲間はずれというキーワードを残した夢から探ってみると、やはり、誕生日パーティに誰も来なかった件から、自分が変わっていったのではないかと推測できます。

 

高学年になった私は、無邪気にクラスメイトと交われない代わりに、あえて笑われ者を演じてなんとかクラスの中での位置を維持しようとしていたようでした。

いま思えば・・・・ということなのですが、当時の私はまったく意識せず、ただただ、仲間はずれが怖くて 導き出した生き延びる術・・・・それが笑われ者を演じること でした。よくやっていたのが、給食を誰よりも早く多く食べること!それであっという間に肥満児になりました。それと、女の子らしさを捨てたのも、あの頃だったと思います。

 

生まれ持ってきた宿命は、変えることが出来ません。

それは生きるためのスペックだったり、スキル・・・のようなもので「あなたはコレとコレを持て、この地球で幸せになるのよ」と渡された生きる術です。

 

宿命という術をもって、運命を生きていく。運命は自分の手で変えられます。ただし、手にした宿命を生かしながらなので、思うようにいかないと思うことも多々あるでしょう。

 

子供の頃の私が持っていた無邪気さ、自由奔放さ。

時にはわがままに見えてしまう、それらがもった長所と短所。

 

自由奔放さや無邪気さが私の宿命・・・生きる術であるとしたら、それを手放すことも、離れることもできません。それらをもって、時にはわがままだと言われながらも、やはり私は自分の宿命と共に運命を生きるしかありません。

 

宿命からみえるわがままさ、両親から叱れるわがままさを直したくて、子供の頃の私がした選択は、自分の良さともいえる宿命、自分らしさを消すことでした。

 

でもそれは、自分が傷ついてしまうんですよね。

 

「コレを持ってしあわせになってねー」と渡された宿命、または自分らしさを消してしまったら・・・・しあわせになれないんですよね。

 

レイキを使えるようになってから9年がたつ中で大きく変化したことのひとつに

「他人を気にしなくなった」

といのがあります。

 

おそらく、自分らしさを消した小学生のときから、他人を気にすることが多くなったのでしょう。

ただ、相手の痛みや辛さに気がつくという気遣いを学んだので悪いことばかりではなかったのですが、過度に他人を気にするようになると、自分らしさはますます消えていきます。

 

なぜなら、すべての基準が他人になるので、何をするにも

 

「これをしたら、お母さんはどう思うかな?」

「こんなことしたら、お友だちに嫌われないかな?」

 

と、他人を基準に物事を考え出し、他人が満足ゆく方法でしか生きられず、結果として自分はまったく満足しなくなります。

 

これって、しあわせじゃないですよね。

 

 

仲間はずれにされたー!と、誕生日パーティに誰も来なかった日、ひょっとしたら私は父親相手に泣いていたかもしれません。その記憶も定かでないということは、ここの記憶は大きな傷となったんでしょうね。

 

泣きながら夢を見て、そのまま目が覚めたとき、私は私の家族が暮らす家にいて、起きれば私を大好きと言ってくれる主人や娘がいて、家の中はとても穏やかでした。

この現実が心から安堵できるものであると同時に、傷つきながらも頑張ってきた過去の私が気づくべき勲章のようにも思えました。

 

まだ主人が寝ていたので、そのままお布団の中で、誕生日パーティに誰も来てくれなかったと泣いている子供の私に遠隔レイキをしました。

 

レイキは手のひらで熱く 強くなり 現在から過去へ流れていくようでした。

 

 

あれから2週間ほどたつでしょうか・・・。

わがままと言われた自由奔放という良さ、無邪気さという宿命と名づけられたスキルが蘇ってきているようです。

 

家族には「これ以上 好きなことするの!?」と言われましたが、私の口からでる「好きなこと」がたわいもない日常的なことだと知ると安心し、「好きにしていいよ」と言われたことも付け加えておきます(笑)。

 

 

ヒーリング 自然療法は、まだ日本では怪しさや曖昧さという言葉が付きまとってしまうジャンルです。

 

けれど、私はこの曖昧さが漂うヒーリング 自然療法で過去の自分を癒し、年を重ねるごとに自分らしく しあわせを感じながら生きています。その中にレイキが大きく存在していることは紛れもない事実であり、現実です。

 

そのうち・・・そう遠くない未来にこの日本でもレイキやチャクラヒーリングといった自然療法は、もっと身近に 人間の役に立つスキルとして提供され始めると思っている、いや、信じています。

 

ヒーリングとまったくご縁のなかった人たちがレイキを手にし、私が経験したヒーリング体験を共有できる時を楽しみに、これからもがんばっていきたいですね。

 

 


レイキセミナー&チャクラヒーリングサロン

ファ.ーストノエル

www.rie-noel.com