自分のためにお金と時間を使うこと

がんばるわたしにご褒美を

娘に関する用事などがあり、2週連続で京都に行っていました。

人生のなかでこれほど京都に行くことになろうとは思ってもおらず、歴史や文化が溢れている京都を楽しんできましたよ。

 

写真は京都左京区にある、糺の森のご神木。

昨年の秋と今年の春にお邪魔していますが、梅雨のしっとりとした空気と涼しさに心も体もスッキリしてきました。

 

今月2回目の京都では目的である用事のために約半日、冷房ががんがんに効いた部屋に座っていて、さほど疲れたわけでもないけれども、頑張ったなー自分!という気持ちを捨てきれず、終わったあとはカフェでケーキセットを頼んで、自宅へ帰る人の足並みを眺めながら、ゆっくり食べていました。

 

以前でしたら、いとも簡単に捨て切れた「頑張った自分をねぎらいたい気持ち」ですけど、今はもう、その自分からの素直な心を大切にするようになりました。

 

先週、多くの方が悲しさと切なさを感じた、小林麻央さんの訃報。私も回復を祈っていたこともありニュースを見たときはあまりにもショックで、しばらく呆然としていましたが、彼女の最初のブログ記事が、なりたい自分になる でした。

 

たとえ、病気であっても私はこんな私になりたいんだ、という意志が記事には書かれてありましたよね。そして、残念ながら力尽きてしまいましたが、なりたい自分になれたのではないかなと、私の主観ではありますが そう感じています。

 

以前、仲良くしていたあるヒーラー仲間が、よく「じぶん探し」という言葉を使っていました。

この「じぶん探し」または「じぶん」という存在は、哲学、心理学が不思議に思い、「じぶん」を解明しようと科学という立場から追いかけているものであり、哲学においては、遙か昔からテーマに挙げられているものです。

 

それほど、「じぶん」というのは、掴みにくく、ふしぎな存在で、なにをもって「じぶん」とするのか、案外と曖昧だったりするものなのかもしれません。

 

卵焼きに私は醤油をかけますが、ソースをかける人もいますよね。なかには、ケチャップって方もいるでしょうし、オリーブオイルとお塩・・・これもまた美味しい(笑)。

 

この醤油をかける私は、本当に私なのか?って考えたときに、私を育てた両親が当たり前のように醤油をかけていたから、醤油をかける派になっただけで、それは「じぶん」が醤油を選んだわけではないとしたら、これは「じぶん」というにはどうだろうか?・・・みたいなことを、自然科学は考えているわけです。

 

「じぶん探し」といってみても、それは人や環境、教育から受けた影響を残している「じぶん」をあらたに見つけ出す作業であったり、また、それらの環境から作り上げていった「じぶん」を探し、さらにつくりあげていく作業であると言えるのかもしれません。

 

「なりたい じぶん になる」

これもまた、他者や環境から影響を受けて構築していった自分を、さらに磨きをかけたり、つくりあげたり、または壊してみたりして、「わたし自身」というものが、「ああ、ここがいい!ここが落ち着く」と思う立ち位置のじぶん になると言えるのではないかなと思うんですよね。

 

ヒーリングやレイキエネルギーには、じぶんにとって不要なものを、まるでタマネギの皮むきのように、一枚ずつ剥いでいくといった作用があり、わたし自身も、レイキを使う中で、一枚ずついらないものを剥いで落としていった経験があります。

 

まだまだ、剥いで落とす必要があるかもしれませんが、それは実際のところよく分かりません。ただ、剥ぎ取る段階にはいると「あー!まだ皮があったわぁ」と、トホホな気分になりつつも、しっかりと剥ぎとり作業をしていきます。

 

そんな経験の中で、剥ぎ取り作業をスムーズにしてくれたり、促してくれる行動というのが、じぶんに対するご褒美 なんだと気づいたんですね。

 

以前にブログで紹介した、「ずっとやりたかったことを やりなさい」ジュリア・キャメロン著 のなかに、アーティストデートをする という課題があるんですね。

 

一週間に一度、わたし というアーティストと一緒にするデート という意味なのですが、お友達などを伴わず、ひとりで出かけて好きなものを買ったり、飲んだりする、まさにデートをじぶん自身とする という課題です。

 

これに取り組んだ生徒が、いちばん引っかかってできなかったのは、このアーティストデートだったと言ってましたが、私もこの課題をはじめた当初は、そうでした(笑)。

 

出かけるっていっても、近所のカフェなどにお茶を飲みに行く、とか、雑貨店に行くとか、中距離ドライブするとかそんな程度なんです。

なんですけど、それは自分のために行うデート となると、なぜだか動けない!(笑)

そして、言い訳がでてくるんです。

 

朝起きて、今日はアーティストデートをしようと思っていても、

「今日は雨だからやめよう」とか「ひょっとしたら、あの店は休みかも・・・」なんて、脳が勝手にあれこれ言い訳をしだすんです。

 

素直に、じぶんのこころに従えないんですね。

 

今日はドライブしよう。コンビニのアイスコーヒーでも買っていこう!と思っても、家事やら何やらを片づけて、時間を作ってみても、

 

「きょうは、主人が帰ってくる日だし子供のお迎えもあるなぁ・・・また今度にしよう」

 

と、言い訳を脳がしている。

 

これは「ずっとやりたかったことをやりなさい」を書いた、キャメロンによると、抵抗を感じていることこそ取り組むべき課題だと言っています。私も経験してみて思ったのは、それほど私は私を大事に出来ていなかった、ということであって、キャメロンの言うとおり、しっかり取り組んだ方がいい課題でもありました。

 

生徒はそれが如実にでたようで、なかなか出来なかったそうなんですね。

私の目から見ても、彼女は自分よりも他者を優先するタイプでしたから、その傾向が過剰になると、じぶん自身が疲れてしまったり、逆に周囲に怒りを覚えるおせっかいの傾向がでてきてしまう。(私の生徒は怒り転じることはなくて、ヒーラー素質がピカイチの方ですけどね)

 

私や生徒のような癖を持っている方、とくに主婦やおかあさんには多いのではないかなというのが、ヒーリングをやってきての感想なんですが、最近では、10代の若者にもこの傾向が見られることがあって、好きなことを好きなようにできていないタイプが多いんだなと思っています。

 

特に、お金と時間を自分のために使うことに対して、抵抗を感じる方が多いようなんですね。

 

わたし自身もそうでしたよね。特にお金に関しては大きな抵抗がありました。

家族に対しては財布が緩んでも、自分のため となると、よくよく吟味しないと使えなかったり。

ただ、それが、分かりやすい形の自分のため であったら使えたんですが(勉強とかセミナー受講といったもの)、アーティストデートのような、別に使わなくてもいいお金を自分のためだけにとなると、コーヒー1杯がもったいなく思えて、使えない。ここでコーヒーを飲むのなら、これを家族の食事に回そう、そしたら普段よりちょっといいお肉が買える・・・と主婦な私が叫ぶわけですね。

 

そうなると、たかが400円程度で買えるじぶん自身の心の滋養になるであろうコーヒーが飲めないんです。

 

でも、これは自分の滋養になること なんです。

 

がんばっている自分へのご褒美ですね。しかし、私たちは がんばっている自分を顧みれないほどに心が忙しく、複雑で、余分なものが多い。

「じぶん」とはなにか?を知りたいはずなのに、「じぶん」にたどり着くはず道に、いろんなものを置いてみたり、余分に着飾ってみたりして、知ろうとはしない。

もし、ほんとうのじぶんを知ってしまったら、

 

「周囲の人は何て思うだろう?」

「家族は変に思わないだろうか?」

「嫌われないだろうか?」

 

と、思うから。

 

でもそれは、ほんとうの自分が言っている言葉ではなく、ほんとうの自分に気づいて欲しくない奴らの言葉。それはエゴだとも言われているものですが、なぜだか人間は、良くしたいと思う一方で、そうはさせない罠を仕掛けているんですよね~不思議(笑)

 

しかし、この罠もまったく意味がないわけではなくて、良くするために必要な罠 みたいなもので、罠に引っかかった躓きや怪我から学ぶこと、気づくことが多いんですよね。あーやっぱり不思議(笑)。

 

主婦な私が、京都のちょっとお洒落なカフェで、帰路を急いで駅へと向かう人の流れをぼんやり眺めながら、ほどよくエアコンの効いたテーブルで、大好きなショートケーキをじっくりと味わう。ケーキセットは600円。

 

600円あれば!

家族に食べさせる夕食を少し豪華に出来る!生姜焼きの豚肉を国産に出来る!

と奴ら(エゴ)が言ってきても、無視(笑)。

 

最近は、そんな声すらも聞こえなくなりましたけどね。

あまりにも無視するんで、諦めたのかもしれません(笑)

 

そうやって、600円を自分のためだけに使うことで、深くて広いじぶん自身に出会えるわけですね。そうなると、おのずと人生は好転していく。

 

インターネットやSNSに流れる一般的な成功や幸福、成功やリア充。

そこに、じぶん自身は当てはまりません。重なるぐらいはするかもしれませんが、その重なりは完全ではないんです。

 

なぜなら、私たちひとりひとりは、誰とも重ならないそれぞれの彩り、エネルギー、やりたいこと、やれることを持っていて、まったく同じ者を持つ人というのはいないんです。だから私たちは唯一無二の存在と言われるんですよね。

 

 

なりたいじぶんに、なりましょうかね。

そのほうが、どうやら人間は、しあわせをかんじるみたいですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ファ.ーストノエル

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