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レイキ伝授後のおはなし その2

初心を忘れずに

レイキ伝授後のおはなし その1 と前回、さりげなく(?)書きましたが、今回はその2 ということになります。

 

なぜ、このように伝授後のことを書くかというと、レイキに興味があるけど、受けたあとどうなるの?という疑問を持つ方が多いように思ったからなんですね。

 

「レイキ?面白そう!」と、その響きだけで興味を持ってくる方もいらっしゃいますが、大半が、「レイキを受けたらどうなるの?」という結果を意識されるんですよね。

 

なので、私の経験の中で気付いたことなどを書いていこうかと思ってます。

 

レイキの伝授・・・アチューンメントを受けたあと。

前回のブログでは、レイキを使っていると意識してもいなくても、レイキは手から放出されて使われていますよ。ただ、ポジティブに意識してレイキを使うとなお良し!ただし、レイキに依存してはだめですよ、という内容でした。

 

今回は、そのちょっと先。

レイキを使ってみたら 身体が元気になったり 良いことが起きたりという変化が起きたあとのこと です。

 

レイキアチューンメントを受け、自己浄化期間を終えてみると、ボディに変化が起きていたり、また心の面で変化が起きていることがあるかと思います。

 

元々、レイキエネルギーは目に見えないので、ファーストステージを受けた段階では、大抵の生徒が”ふしぎ”って思うことが多いわけです。最初からすべてを理解されるヒーラーもいるかとは思いますが、それでもやはり、経験が伴わない限りレイキをよく知ることは不可能なんだろうなと思います。

 

ですから、みなさんがレイキティーチャーから講義を受けて、レイキはこういうもの ということが頭に入っていたとしても、やはり”ふしぎ”と思う気持ちはどこかにあって、レイキで元気なったり 意識や精神面で変化が起きて、さらにそれが奇跡と呼べるような嬉しい出来事だったりすると、私たちの心はあらぬ方向に惑わされることってあるんですよね。

 

 

あらぬ方向とは、自分や家族の身体が元気になったり 癒やされたりしたのは、レイキヒーリングというシステムが素晴らしいはずが、いつの間にか、レイキヒーリングをしている自分が凄い!になる方向です。

 

さらにそこへ、オーラが視えたらどうでしょう。

そしたら、そのスピードは加速しかねません。

 

オーラが視えたあたりが、ヒーラーへの道へと進み出したときにいちばん危ないというか、経験がないがゆえに不安定になる時期かなとわたし自身の経験も含めて思いますね。

 

最近は、ヒーラーとしての訓練を特に受けた経験がない、ヒーリングが好きという方から、「オーラが視えるんです」という話を聞いたり、実際に私のオーラを視て、「先生はオレンジですね!」と笑顔で教えてくれる方もいますが、その発言の裏に”特別感”が見え隠れすることがあるんですね。

 

私は他の人は違う、出来ているといった雰囲気や、目に見えないはずのものが見えるという劣等感からくる優越感。だからこそ私は出来た人間だというような感じ。

 

それは、ヒーラー初心者にも見受けられる心模様で、ほんとうの意味で人を癒やせるヒーラーになるための道中で私たちを試すかのように現れる落とし穴が その、私って特別じゃない!?的な心模様なんですね。

 

オーラが視えたりレイキヒーリングをしたら周囲から感謝されたら、人の弱い心は惑わされることがあるんですね。

本来なら、人間が持てるパワーやエネルギーというのは限りがあるはずなのに、それ以上のパワーやエネルギーを求めようとし、さらにそれを良しとする傾向からも人の心の弱さというのは理解できるのではないかと思います。

 

それを防ぐために、レイキセミナーのファーストステージではオーラやチャクラに触れていきますが、オーラやチャクラがどういうものなのか?ということが、理学的に分かれば、たとえ、その後 オーラが視えたとしても、ああそうか、これは・・・と冷静に受け止められあらぬ方向へ行くことも防げます。

 

もちろん、こんな落とし穴に引っかかることなく、地道に そして謙虚にレイキ道を進んでいくレイキヒーラーも大勢いらっしゃいます。が、なかにはその穴に落ちてしまい、落ちたことすら自覚せずに嘘の特別感をベタベタと心や体に貼り付けていくヒーラーもいらっしゃるんですね。

 

私もその穴に落ちたヒーラーのひとりなので、ヒーラーの気持ちがよくよく分かるんですね。気持ちだけでなく、穴に落ちたらどうなるか?も分かりますし、その良さ悪さもまた経験から得ていることです。

(レイキマスターとして反省した記事を読んでみたい方は、こちらをクリックしてみてね)

 

嘘の特別感・・・これは、ヒーラー初心者を過ぎ、不安定の中から安定を生み出していった地に足の付いたヒーラー、マスターなら見抜けるものです。それと同時に、不安で不安で仕方なさ過ぎて ありとあらゆる洋服を身につけて自分を守っているという不安定な時期であるというヒーラーの気持ちも理解できます。

 

最初のところでも書いたとおり、レイキを理解する というところに達するには、知識はもちろんのことですけど それ以上に経験もまた必要になるもの だと思っています。

ですが、レイキヒーラーとして歩み出した初期の段階では当然のように経験は少ないですよね。

私はまだ経験不足の未熟なヒーラーで・・・・とスタートできれば、この落とし穴に落ちることは可能性として低いのですが、そんなことを言っていたら、仕事にならないのではないか、クライアントや生徒が来てくださらないのではないかという不安が頭をもたげてくるんですよね。

 

ましてや、少ない経験の中でも感謝されたり、またはオーラなんていう目に見えないはずの光が見えたとしたら・・・・不安を無視して虚勢を張ろうとする気持ちになるのは、まあ想像できる範囲なのではと思います。

 

私もここに書いたとおりの道をたどってきました。

ですので、その反省を含め、レイキ伝授後のお話しとして、レイキを受けた最初のきっかけ、目的を忘れないでくださいね、というのを、講義の初っぱなに話をさせていただきます。

 

レイキを受けたきっかけや目的はさまざまなものがありますよね。

最初からレイキマスターを目指している方もいらっしゃいますが、私のところに来られる大半の生徒は、”生きているからこそ感じたり起きる出来事”に対して、それらを解決したいという思いと共に受講してくださいます。

 

その”生きているからこそ”と向き合い、ご自身の努力にレイキをプラスさせて、癒やしの道を歩いてきた過程の中で、レイキマスターへの道 ヒーラーへの道が開いていくこともあるのですが、レイキを受講した後の道がどんな方向であれ、最初の動機を忘れずにいれば、ひょっとしたらこんな落とし穴に落ちることはないのでないかと思うんですね。

 

お友達や家族にレイキヒーリングをしていてオーラが視えたとき、わぁすごい!面白い!と浮き足立つ気持ちに、「ちょっと待って!レイキを学んだのは自分や家族の健康のためだわ」と最初の動機を思い出せば、オーラが視えたとしても、それはほんのオマケぐらいに思える気がします。

 

レイキマスターになって人に感謝されたり、奇跡と思える症例が増えたとしても、いちばん最初にレイキセミナーへ足を運んだ自分を思い出せば、それは症例を増やすためでも感謝されるためでもなく、レイキを学びに来られる以前の私のような生徒にレイキを伝えるためだと、最初の気持ちを思い出せると思うんです。

 

落とし穴にまんまとひっかかった私が言うのもどうかと思うかもしれませんし、説得力のかけらもないかもしれませんが、私個人は逆に、経験しているからこそ分かることがあると思っていて、分かるのであれば それをお伝えすることも私に出来ることのひとつかなと考えています。

 

謙虚であるという姿勢は、ヒーラーには必要なものであると同時に、実はヒーラー自身を守ってくれるものです。

 

レイキは経験が増えたからといって、知識が増えたからといって、それがレイキマスターとしてのゴールになるということはないのだろうと思っています。

わたし自身も、レイキについての講義を受けていますけど、何十年とレイキの世界でレイキと向き合ってきたグランドマスターの足元にも及びません。何より、レイキやヒーリングに向かう姿勢が、私とはまるで違いますからね。それなのに、いまだにレイキに謙虚に向き合うグランドマスターの姿を知れば、ゴールなんてないんだなと思うんですよね。

 

ですから、経験が足らないことで不安になるよりも、経験が足らないことを謙虚に受け止めて、焦らず、知るべきタイミングがきたときに学ぶという姿勢を貫いていけば、自分なりのレイキ道を歩いていけると私は思っています。

 

レイキヒーラーは謙虚に。そして初心を忘れずに。

 

レイキ伝授後のおはなし その2でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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