レイキセミナーの生徒さんとの思い出話

悲しい思い出と、嬉しい思い出

サロン周辺の桜はまだ少し残っていましたが、ここ数日の荒れた天気で花びらが散っていったようですね。仕事を終えて家へ戻ると自宅周辺の桜は散り、新芽のちいさな緑が見えるようになってきました。桜が終わると、今度は庭のハナミズキが咲き始めます。

 

今から5年前。

私は東京で仕事をしていたのですが、そこで、レイキを伝授させていただいた生徒の訃報を聞きました。そこには私のヒーラー仲間や数名の生徒もいて、彼女らは亡くなった生徒の治癒に全力を傾けてくれた仲間で、互いに目配せをし、涙を堪え、仕事をしたのを今でも覚えています。

 

亡くなったこの生徒は、豪快で、華やかで、宝石のような女性でした。けれども、謙虚な姿勢も礼儀正しさも、優しさも兼ね備えた方で、カリスマというエネルギーは彼女のような人のことを言うのだろうと思ったものです。

 

生前に「私は職場の人と飲みに行くとか、友達付き合いはしないの」と、屈託のない笑顔で話してくれたことがあり、おなじく生徒である妹さんからも、友達付き合いというのはさほど多くはない というのを聞いていました。

けれど、彼女がこころを許してくれていたであろう仲間たちが東京にいるというタイミングで天に召され、翌日に私たちが彼女の元へ駆けつけられたのは、彼女が望んだタイミングだったんだと私たちは信じています。

 

もう、5年前のこと。

とはいえ、忘れることはありません。

この季節になるとかならず思い出しますし、折に触れて亡くなった生徒の声や笑顔を思い出します。

 

出会ってからお別れするまでの年月をいえば、それは2年と短く、お会いした回数も片手で足りる程度です。

 

 

でも、なぜだか誰よりも濃く深く、繋がり、思いだす生徒で、当時の私の様々な思いや感情と、彼女を失った悲しみや寂しさが絡み合い複雑な色をした思い出です。

 

この生徒を影ながら支えてくれたヒーラーさんはたくさんいらっしゃり、そのほとんどの方を私はお顔も知らなければお名前も存じ上げません。

ただ、多くの方が彼女にたくさんの光を送ってくださったことだけは知っています。

 

そんな大勢のヒーラーのなかで、彼女の身近なところでヒーラーとして、友達として共に支えてくれた仲間がいます。私のところでレイキを受けたことがきっかけとなって出会った仲間で、今でも仲良くさせていただいています。

 

その仲間のひとりの生徒が、昨年の秋、生命を脅かす病気を患いました。くしくもそれは、亡くなった生徒とおなじ癌という病気です。

 

私たち仲間が、亡くなった生徒を思い出すことは容易に想像できることかと思います。

 

昔に比べれば完治する可能性が高くなった病気とはいえ、風邪などといったものとはまったくレベルの違う病気です。仲間に動揺が走らないわけがありません。

 

しかし、私は過去の後悔から、未熟なら未熟なりに出来ることをやろうと心に決めて、先生方にも相談、協力をいただきながら、遠隔でレイキを送らせていただきました。

 

レイキヒーリングをはじめ、自然療法、ヒーリングと呼ばれているものは、あくまでもサポートをするもの です。民間療法ですから医療行為に当たる行為、言動は法律で禁止されており、私たちヒーラーは自分たちが行っている施術は、あくまでもサポートである ということを常に意識しています。

 

ですから、生徒に対してもまた、私はサポート、縁の下の力持ちといった意識で遠隔を送らせていただきました。

 

でも、やはりそこは未熟な私(苦笑)。

彼女を元気にしてあげたいという欲が顔を出してきてしまい、それがまたレイキを送る妨げになって、ああいけない!と反省をしては、無心になって送る・・・この生徒の病気も苦しみも辛さも彼女のもの、彼女は持ち前の明るさと強さで乗り切るからそれを信じようと自分に言い聞かせ、焦る気持ちをなだめ遠隔をさせてもらいました。

 

病気が発覚してから約半年後の3月。

 

私のラインに彼女から、完全寛解です!というメッセージが届いたとき、ちょうど私は娘を連れて実家にいたのですが、あまりの嬉しさに泣けてしまい、事情を知らない家族は急に私が泣き出したので驚いて動きが止まるという状態でした(笑)。

 

でもかまわずに、喜んで泣きました。

 

彼女からの報告では、化学療法の副作用が少なかったために薬をフルで使えたことを医者から話されたそうです。

 

それでも壮絶な副作用だったようで、入院中の大変な話を年末に彼女の元を訪れたときに話してくれたのですが、でもなぜだか、笑える入院話でした。

 

吐き気や頭痛といった副作用のなかでも、彼女が持ち前の好奇心の強さと明るさで、辛いはずの入院がなぜか聞く側には笑い話になってしまう。

そこが彼女の強さであり、病気を乗り越えた彼女のパワーそのものなんだと思いました。

 

命の長さ、寿命。どんな人生になって、歩いてゆくのか。

 

人間である私には分かりません。

 

けれど、誰もが持っている強さ、光はそれぞれの人の中に在り、私はそれを信じることで人生が良い方向へと変わっていくことを経験の中から知ることができました。

そして、そのことを教えてくれたのは紛れもなく生徒であり、亡くなった彼女です。

 

 

サロンに置いてあるソラリジュエルエッセンスは、西側の窓から太陽の光が差し込むと、まばゆいばかりに光を受け、反射し、何時間でも見ていられるほど美しく輝きます。

 

病気を乗り越えた生徒は、ソラリジュエルエッセンスのように光を内包していて、彼女自らが輝きはじめ与えられた課題を乗り越えていきました。

 

亡くなった彼女もまた然りです。

ボディは病気に負けてしまったものの、彼女の存在は残された私たちに宝石のようなあるものを私たちの手元に残してくれましたから。

 

 

 

あくまでもヒーリングはサポートをするものです。

 

けれども、そのサポートがその方の持っている光を放ち、それぞれが打ち勝たなくてはならない課題に向けて力強く働きかけてくれます。

 

このようなプライバシーに関わる出来事を書くことに関して、快諾してくださったSさん、Nさんには心から感謝申し上げます。

 

また、5年も前のことを書くこと・・・とりとめもなく続く思い出話を書くことは読んでくださる方には退屈だけなんじゃないかと数日、悩んでいたのですが、今年の春は私にとっては特別で、どうしても書き留めたくて書かせてもらいました。

 

日々、仕事を通して思うことは、自信をなくすこと、失敗を怖がること、不安や心配にさいなまれることは、誰の身にも起き、落とし穴のように足止めさせ、暗闇に閉じ込められたように感じさせるものです。

 

しかし、暗闇のただ中にいてサロンを訪れてくれる方や、メールや電話をくださる方のなかにも、生徒たちが持っているような光はあります。

何か特別なだれか にしかない光ではなく、誰もが持っているもの。

 

そんなものはないよと首を横に振られてみても、無駄ですよ(笑)。

 

生きている限り、私たちを生かすエネルギーはあちこちから流れてきて、チャクラというゲートを通り、ボディ、マインド、スピリットを揺らしたり、整えたりしています。チャクラを通過したエネルギーが身体の外側に放電し、オーラとして表れて、私たちが今、どんな光で包まれ、その光はどんなパワーを持っているのか、今は把握できる時代です。

 

生徒の例で表現するならば、病気に立ち向かう勇気という光、パワーを発揮し、しんどい治療は明るさと好奇心という光で乗り切りました。

 

どんなに辛い暗闇の中にいてもなお、その光はパワーを失うことはないんです。

 

傷ついたあなたに家族や大切な人たちが気遣い、心配し、手を差し伸べる。

これもまた、優しさという光でありパワーです。

それを受け取ったあなたの中には、かならず思いやりというパワーが宿りますからね。

 

 

今夜は彼女が大好きだったワインを飲んで、しみじみしようと思っています。普段は全く飲まないし、飲めないのですが、ワインなら少しだけ飲めるようになったので(苦笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ファ.ーストノエル

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