必要なひとたちにヒーリングを届けるサロンでありたい

癒しを身近に

前回のブログでちらっと今年でサロンが12年目だと書きましたが、ほそぼそと運営してきたサロンがいまだに小さいけれども、確実にヒーリングを行えていることの喜びと感謝を噛みしめています。

 

とはいえ、最初からここまで続くとは想像も出来なかったですし、ヒーリングについての知識も経験もないままやってきて、けつまずいたり、間違った方向へ行ってみたりと色々とありました。

 

ヒーラー、レイキマスターとして落ち着いてきたのはここ数年の話ですけど、飯田サロンを1回閉じたあたりですから、2年ほど前でしょうか。

 

その頃から私はグランドマスターを師事してレイキセミナーを開講していました。

レイキもマスターズシュミレーションまで受講し、講義にもテコ入れをしてもらっていたので、サロンで行う講義では冒頭で「グランドマスターを師事しているので」ということを話し生徒から承諾を頂いています。

 

そのときも、承諾を頂く旨を伝えて講義を進めていったのですが、アチューンメントを終えて講義も終わりに差し掛かった頃、生徒からこんなことを言われました。

 

「いまはSNSで盛るじゃないですか。ちょっとだけ知っているようなことでも、自分が編み出したかのように話したりする。それをされないんですね」

 

どうやら、この生徒さんは別のジャンルで、この”盛る”をされたようだったんですね。聞きかじった知識を、さも自分が編み出したかのように話したのだそうです。

 

そしたら、その知識の大元である先生からクレームが入ったのだそう。

 

「良くないことだとはなんとなく思ってたけど、私には分かることだったし、それを教えても別にいいかなぁ~ぐらいだったんですけど、久保田さんはそうしないんですね」

 

と、言われました。

 

そしていまの時代、シェアだのなんだのと他者の知識を自分の物のようにして、実力以上に”盛る”ことをしないと、うまくいかないとも仰っていました。

 

それでも、久保田さんはやらないんですね、と仰るんですね。

 

なので、過去にはさんざんやってきましたよと正直に自分の歩いてきた過去を話し、けれども、それをすることで良いことがあるか、といったらひとつもなかったということをお伝えしました。

 

実際に、良いことなどないですからね。

 

生徒さんは何かを考え込むような表情をされていましたが、その後、どうされているのかまでは分かりません。ただ、彼女が私の言葉を理解してくれ、これ以上、盛ることはしなくなるだろうなということだけは生徒さんの表情から読み取れたように思っています。

 

この話をグランドマスターに、そういえばこんなことが・・・といった話をしたときに、私が歩んできたレイキマスターの道が、実は結構な茨の道で、なぜだかあえて茨のある方へ進んでいって、そこでまた落ち着きを取り戻そうと努力したマスター だということを仰っていただきました。

 

まったく落ち着きのない、不安を奥底に隠しながらも「出来る!」と言い張っていた頃を思うと、なんとまあ・・・と苦笑いがでてくるぐらいですけど、

こうして落ち着けたこと、サロンの大きさ小ささ、生徒の数、売り上げの多さ少なさなどに振り回されることなく、ただただ、自分が培ってきたヒーリングの技術と経験でしか得ることのない知識を、必要とする人たちに届けられればいいと落ち着いた心持ちで思えることは、ヒーラーとして、マスターとして得がたい心の平安なんだと思うんです。

 

先日もお電話で、ヒーリングを受けたら楽になったわ!と伝えてくださったお客様がいましたが、ああ本当に良かったなと心からそう思えることの安堵感は、迷ってきたからこそ得られるものなんだなぁと、しみじみ思ったりもするんですね。

 

ですから、サロンをスタートさせたときに掲げた理念は、やはりどこか、飾りっぽい、中身が空洞のものであったと思います。

 

それが、こんな私だけれども頼ってくれて、支持してくれたみなさんのおかげさまで、ここまで来られたというのが身に染みて染みて、深爪したところに醤油が染みるぐらい(笑)染みてくるんですね。

 

私は相変わらず心が弱いですから、そう言いつつも心の安定を崩すときもあります。

小さいサロンであることに落ち込むことだってあるんです。

 

そうなんだけれども、予約を入れてサロンに来てくださった方に向き合い、アチューンメントをしたり講義をしたり、施術をさせていただくと、その方の表情がぱあぁ~と輝いて、オーラも明るさを取り戻して、大変だった人生をもう一度歩いてみようかなと勇気を振り絞る姿を見ると、小さくても良かったわ、と安定をまた取り戻すことができるんですね。

 

 

今週、飯田サロンに88歳の女性がきてくださいました。

チャクラリフレクソロジーを受けていただいたその後について、お話を聞く機会があって聞いていたら、いつも手をついて上らなければならない玄関のたたきを、意識せずともすんなりと、どこかに捕まることもなく上れたそうなんです。

 

若い楽しい時間を戦争に奪われ兄弟を奪われ、子供たちを育てるために必死で働いて、いま現在、青春を取り戻すようにおしゃれをし、趣味を楽しみ、健康維持を祈るようにして実践している大先輩のこの女性。

 

辛いことも楽しいことも、施術中の短い時間の中で話してくれましたが、それは足裏からも伝わることなんですよね。エネルギーといえばいいのか、足に添えた私の手から思いが伝わってくる。

 

だから、この女性がチャクラって言葉ですら初めて聞くはずなのに、口づてに聞いたチャクラリフレクソロジーを受けたいと予約を入れてくれたのだなと気づき、私が願うヒーリングの姿、続けていきたいと思う、必要な人たちに届くヒーリングの姿そのものだと強く強く感じられたんですね。

 

ヒーリングサロンを運営していて、生徒の数、お客様の数、売り上げから見て、成功している、していないといったラインにいるあいだには、見えてこなかったこと。

それが見えてきたとき、はじめてヒーリングは身近に、リアルなものになるのでしょうね。

 

最近、ファーストノエルで一押しのチャクラリフレクソロジーは、ある意味、身近に置いていただけるヒーリングだと私は思っているんですね。

 

ヒーリングというと、ちょっと敷居が高いような、そういった部類の物が好きな人が受けるものというバリアが、どこかしらに働いてしまうものだろうと、バリアの内側にいる私ですらも思うんですね。

 

そんなバリアなど必要もなければ、実は存在もしない。

ヒーリングは誰もが受ける権利があり、人間にとって有益なジャンルであることは承知の上でヒーリング業界にいるものの、どこからもともなくやってきた薄い半透明のバリアが、本当にヒーリングを必要とする人たちと私の間にもあるのだろうと感じてしまうんです。

 

チャクラって言うと怪しむのに、ツボって言うと怪しまない。

 

というのも、そのバリアを示すひとつの現象でしょうね(笑)。

 

しかし、チャクラリフレクソロジーはそのバリアを吹き飛ばすぐらい、身近に置いていただける、使っていただけるヒーリングです。

ただただ、足裏をベッドに投げ出していただいて、リラックスしていただくだけで十分なんです。その先にある、それこそプロにしか分からないようなエネルギーのことや他のことは、分からないままでいいんです。分かっている施術者があれやこれやとしますので、足裏を揉んでたら心まで軽くなってるわ、ぐらいのカジュアルさで受け止めていただいていれば、ボディ、マインド、スピリットが必要に応じて整っていきますから。

 

レイキもバランシングチャクラも、そのほかのヒーリングも、私からすれば、チャクラリフレクソロジーと同列の、身近に置いていただけるヒーリングです。どの施術も大好きですし、必要なひとに届くのであれば全力で施術させていただきます。

 

スタート当初から小さいまま、ファーストノエルは12年目を迎えました。

たぶんこのまま、ちっちゃくいくんだろうなぁ~とのんびり笑ってますけど、それもまた存在していいヒーリングサロンの姿だと思っています。

 

必要とする方がいれば、それに応じ、支えとなり、人生に一筋の光が見えるまで、ヒーリングを通してお力添えしていきます。どうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

 


ファ.ーストノエル

www.rie-noel.com