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わたしの過去のお話。

今だって生きづらいけど、しあわせですよ。

最近、夏休みが終わったあと、子供たちの自殺防止を呼びかける番組やSNSをよく見かけるようになって、そういえば・・・・と私自身の過去を思い出していました。

 

あれは高校1年夏休みの終わりだったのですけど、私も自殺を図ったひとりです。

むかしは周囲にそういう心境に至ったことや、自殺を図ったということを話すことすらタブー視されてましたけど、私の腕を見れば誰もが分かることですから、まあ、普通に話します。

 

どこかのTV番組で、自殺を図ろうとする子供の変化に親は敏感に気づいてくださいと呼びかけているのを聞いて思い出したんですけど、

確かに、あのときは”楽しいことが一切考えられず”、さらには、”誰も信じられない、たとえ両親であっても”という状態でした。

なので、昼夜逆転し、ご飯を食べていたのかいなかったのか・・・。部屋に引きこもりどこにも出かけない夏休みでした。

 

両親と言っても父親は行方知らずでしたし、母はシングルマザーとして子供を育てることに必死でしたから、当時の私がどんな状態か?なんて気にとめている暇なんかなかったと思います。

 

学校でいじめに遭ったいたわけではないですが、家庭環境があまり良い状態ではなかったので、ただひらすら楽しくなかったんだと思います。生きていることに執着をなくし、自分自身を大切にするなんて1ミリも考えられなかった頃ですよね。

 

生きることってこんなにしんどいのか、と思っていましたし、むかし、ヒプノセラピーを受けて当時の私を見たとき、顔が真っ黒に塗られて表情が見えませんでしたから、ほんとうにそんな真っ暗な中にいて、いったいどうやって生きていけばいいのさ?と思っていたと記憶しています。

 

もし、このブログをご覧になっている親御さんで、夏休みの終わりに不安定になっているお子さんをお持ちの方がいれば、また、10代のお子さんで生きることが楽しいとは思えないと感じている方がいれば、ひとつの参考になるかもしれない経験として読んでもらいたいのですけど

 

私は自殺には失敗をして、その理由を誰にも話せずにいました。

理由なんて、具体的なものはなかったんだと思うんですけど、ただただ、生きづらい、なんだか自分が周囲とあわない。

高校生になって同級生は髪を伸ばしておしゃれしてるけど、それのどこが楽しいの?わかんねーやと思う10代だったので、周りとあわないのは無理ないのかもしれません。

 

実は、それは今も続いていて(笑)正直に言えば、友達って呼べる人はほとんどいません。ひとり、東京に私が飾らずに喋れる友達がいますが、それ以外は旦那さんが私の唯一の親友ですね。

 

たまたま最近、遠隔レイキをすることが多く、それもあって過去のことをよく思い出すんでしょうけど、この周囲と合わないような気がするという感覚って、小学生の頃から続いていて、一度、めちゃくちゃに心が傷つく出来事にあっているんですね。

 

人生で初めて他人が信じられなくなるような経験で、そこを境に、私は、わざとふざけたことをして周囲に笑われることで、周囲から受け入れられることをやりはじめました。いま思えば、子供の小さな頭では”それ”しか、友達を作る方法が浮かばず、それこそ給食を早食いするみたいな、普通の女の子がやらないことをやっていました(おかげさまで肥満児でした(笑))

 

集団の中でどこか浮いてしまう自分 というのを、子供なりに隠して隠して生きていたんでしょうけど、その隠している部分に気づく同級生がちらほらといて、気づくと、彼らにものすごく好かれ、挙げ句は依存される。

そのうち、なんだか妙に束縛されるな・・・と思っていると、相手は突然、好きだけどさようなら!という、恋人か!?と突っ込みたくなるような去られ方か、あるいは、ものすごく意地悪を私に仕掛けてくる(無視するとか、仲間はずれにしょうと企んでくる)という、おかしな終わり方。

 

これは、わたし自身が依存されやすいタイプということを示している出来事なんですけど、周囲とはそんな友人関係を結んできたので、思春期に入り、家庭環境の悪化も手伝って、より深く、自分の内側に閉じこもっていたと思います。

 

実は、そんなころに始めたのが小説を書くことでした。

当時は、あほな子供だったので、原稿の書き方・・・どこで点を打つとか、改行するとか、それすら知らず、ノートに下手な小説を書いていたんですよね。そしたら、当時、10代女子の間で爆発的に人気だったコバルト文庫を教えてくれた同級生がいて、その文庫の裏に新人賞を応募する案内があったんです。

 

勉強は出来ない、友達は出来ない、周囲からちょっと浮いている私が、その応募に吸い寄せられていったのは自然なことであったかもしれません。

 

当時から学校が窮屈で仕方なかったし、家庭は安らげる場所じゃない。

だったらもう、子供はどこへ逃げるか?っていったら、空想の世界しかなかったんですよね。

 

10年以上前に働いていた知的障がい者施設で、利用者さんが作る芸術作品を見たことがあるのですが、その施設の園長から、ストレスが強い人ほど芸術性が増すと聞きましたが、10代の私はまさにその通りだったでしょう。

 

ノートに小説を書き始めた頃、授業の一環で書いた読書感想文が国語の先生の目にとまり、赤ペンでいっぱい修正を入れられながらも文章を褒められたことが拍車となり、私は小説書きに没頭していきました。授業を受けながら、ノートの端に小説のネタを書いてましたし、家に帰れば小説を書くばかりでテスト勉強すらしない(笑)。

 

そうやって、生きづらい現実から逃げるために書いていた小説も、高校1年の夏休みには救いにならなかったのは、その年に激しくショックを受ける出来事があったんですね。かすかな希望が変わった子供にもあったんですけど、それが打ち砕かれた。

 

それで私は夏休みの終わりに学校の行くことはもちろんのこと、人生そのものを閉じようとする行為に至りました。

 

あのとき、自分の身体に傷をつけたことで、なんだか妙にさっぱりしたような、開き直ったような心理が起きて、そのあとは、勉学は完全に放棄して(笑)小説に没頭したところ、一年後の夏休みのおわりに、私は新人賞に入選、佳作をいただくことができました。

 

あのときの私、周囲との間に感じる見えない壁に息が詰まり、安心できる場所もない私が、唯一、息を吸い、目を開き、自由に手足を動かすことが出来た場所は、好きなことをするという時間 でした。

 

自分の好きなこと。

 

あなたの好きなことはなんですか?

 

と聞くと、その問いにすぐ答えられる大人はそう多くはないんですよね。

 

それは、生きるためにお金を稼いでご飯を食べるために仕事をしているのだから、その仕事は、好きなこととイコールで繋がっている幸運なんて、そう滅多に起こらないと思っているからでしょうし、

 

なにより、自分の声を無視し続けているから、でしょう。

 

10代の私は、食べるために仕事をしなくてもいい子供だったので、生きるために私が好きだと思うことを、そのままストレートに行うことが出来ました。

 

もし今、学校に行きたくないって思う10代。生きることが苦しい10代の子供たちがいたら、そんなお子さんを持つ親御さんがいたら、

ほんのちょっとの勇気でいいから、その勇気というパワーを借りて、自分の好きなこと、やってみたら?と思います。

 

みなさん、祭りのお囃子って一度は聞いたことあるかと思います。

夜の暗闇の中に浮かぶ、屋台の照明と楽しそうなお囃子が聞こえると、誰もが立ち寄ってみようかな、面白そうだなって思うはず。

 

そこにいけば、楽しいことがある。笑えることがあると誰もが感じるからですよね。

 

友達がいないなって思ったら、生きづらい、周囲とあわない、浮いているって思ったら、あなたの好きなことをやって、あなた自身が楽しくなっちゃえばいいんです。

 

ひとりだって、自分を楽しくご機嫌にすることが出来るというメンタルは、もっていても損はありません。いや、むしろ大人になればなるほど、持っていた方がいいメンタルです。

 

あなたがお囃子を奏でれば、わぁ~楽しそう!って、おなじ波長を持つ誰かが寄ってきますよ。

 

今の私は・・・あんまり人に話したことはないのですが、やっぱり、合わないなというのを感じながら生きています。

もうずいぶんと年を取って大人になってますから、若い頃と違って、摩擦を起こさぬよう合わせることは余裕で出来ますが、子供の頃に感じた違和感が消えることはなかったですね。

 

それがとても辛いと思った時期もあったんですけど、今はもう、そう思うこともなく、人生の中でたったひとりでも私のことを理解してくれる人がいるのだから、それって幸せなことだよね、と思っています。

 

ここまでヒーリングを勉強した今でも、過去に受けた傷や記憶が、今の私の中で息づいていて、ときには今の私を痛めつけてくることがあります。

 

その瞬間って、辛かった10代の私、小学生の私に、今の私が乗っ取られているような状態で、非常に子供っぽく振る舞います。

そうすると、心の隅にいる自分を守る力を持った大人の私がやってきて、よしよし、大丈夫!と頭を撫でています。

 

「あのとき、誰かから”あなたは変わってなんかないよ、そのままでいいんだから。あなたのままで大丈夫、良い子だよ”って言ってもらいたかったね。じゃあ、今、それを言うね」

 

と、言っているんですよね、自分が。

 

ちょっとね、おかしくなったわけではないんですよ(笑)

レイキヒーリングの中には、遠隔レイキという、過去の自分に癒やしのエネルギーを送るという、ふしぎに思うかもしれないけれど、とにかく、過去を癒やす技があって、それをすると、そんな言葉が浮かんだりするんです。

 

そうすると、ふしぎと心は穏やかに、あれほどリアルで近かったトラウマが消え失せ、思い出すことすらなくなるほどになるんです。

 

私が経験したように、好きなことをやって自分を自由に、楽にしてみても、傷ついた過去はやっぱりちょっと残ってしまうこともあるんですよね。

 

それは、きっと誰の人生にも起きることで、両親のこと、友達のこと、学校生活では少なからずひとつやふたつ、誰もが心に残す傷なんですよね。

 

その傷を癒やす方法は、実は社会には色々とあって、遠隔レイキはそのなかでも症例が多くあるものですし、ヒプノセラピーや、臨床心理士という人の心の具合を視てくれるプロもいます。

 

だから、妙な言い方しますが、安心してください。

誰かがきっと、あなたのことを助けてくれる。

 

私は、レイキと伴侶に助けてもらいましたよ。

 

そう思うと、ひとの人生って帳尻が合うようにうまく回っているんだなと思うんですよ。無駄なことなんてない。だから、生きづらいあなただって価値があるんです。

 

この宇宙で唯一無二の存在。それが、あなたという存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ファ.ーストノエル

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