目に見えないからってそれが傷ではないと言えない

言葉が与えるトラウマの苦しさ

おそらく誰にでも、「人に言われたいやだった言葉」「傷ついた経験」があるかと思います。

先日、SNSで言葉の暴力、暴言について意見している有名人を見て「何事か?」と思ったら、普段、報道を適度にしか見ない私に起きた悲しい出来事について家族が教えてくれました。

 

SNSで書いた言葉の暴言がひとりの命を絶つ、という現実。

これはとても恐ろしいことです。

 

ヒーリングサロンには、ボディに起きた不調や痛みを訴えてくる人たちばかりでなく、むしろ、圧倒的に多いのは、こころに負った傷、トラウマで苦しみ助けを求めてくる方たちです。

想像できないかもしれませんが、過去のトラウマが何十年と時間が過ぎた今でも、現在の自分自身を苦しめ、足枷となってそこに留めてしまうということは本当にあります。

 

子供の頃に両親から言われたある一言が原因で、40代になった今でも自分を幸せにすることができないケースや、女性らしくしたいのい、容姿について周囲にいじられたことで男っぽく振る舞ってしまうなど、理由は様々です。

 

ボディの傷のように血が出ているなどの目に見える症状があれば、絆創膏を貼るなり薬をつけるなりできますけど、言葉の暴力は目に見えませんし、心から血は流れません。レントゲンで写ることもないですから、おおよそ「無いもの」として扱われることが多いんですよね。

「無い」と思われるものだからご本人が「傷ついた」「痛かった」といったとしても「勘違い」「気のせい」と扱われ、傷は放置されたまま。受けた傷の痛みを忘れ去ることは出来ても、受けた傷は治療されぬまま残っていますから、いつしかその傷がその後の私たちに悪い影響を及ぼすのです。

 

わたし自身、子供時代に受けたトラウマで苦しんだ経験がありますが、その傷が癒えるまでには20年近く時間を要しました。今でこそトラウマが与えた足枷は外れているものの、その後遺症のようなものはキャラクターの形成に影響を与え、あるタイミングがくると、ちぐはぐな自分が顔を出すなんてこともあります。

 

それほどに大きく、長い時間をかけて悪影響を及ぼすトラウマ、心の傷を甘くみてはいけません。

むしろ深刻に受け止めて、自分自身が他者に投げかける言葉、音波というエネルギーを意識しておく必要があります。

 

言葉で人を傷つけることは実際に起きるのです。

 

日本には”言霊”という素晴らしい単語がありますよね。

言葉に魂が宿っていると捉え、私たちが普段使う言葉に敬意を払う。それが言霊という単語に含まれたひとつのメッセージです。

自分が投げかけた言葉も、人から受けた言葉も、私たちのボディ、マインド、スピリットをその振動で揺らし良くも悪くも影響を及ぼしますからね。

 

仕事上、そういった言葉で傷ついて、その傷が長い時間をかけてむしばみ苦しめているケースを見るので、先日、起きたSNSの悲しい出来事はどうにも他人事のようには思えませんでした。

 

もし、どこかで言葉の暴力を受けたら、受けたことを「自分の弱さ」とは捉えずに、またその傷や、暴言を吐いた相手に「勝とう」と思わないでください。「弱い」とか「勝つ」といったレベルの話ではないですし、傷を受けたらその傷を癒すことが重要な課題であり、最優先して行うことなのです。

 

ただ、その傷の「痛さ」「苦しさ」「悔しさ」といったものを癒すために言葉にして言ってみてください。話を聞いてくれる友人や家族に言うのもいいですし、言う人がいなければ、紙に書いたり、ひとりごとにしてもいいですよ。

 

目に見えない傷だけど、「痛い」って感じたのなら、それはやっぱり「痛い」んです。血は流れてないかもしれないけど、見えないだけでちゃんと流れているんですよね。ここに傷がありますよー!絆創膏を貼ってくださーい!って合図を送っているんですよね。

 

言霊という素敵な言葉がある日本が、言葉の影響力について意識できる日が来ることを祈るばかりです。

 

 

 

 

 

 

 


ファ.ーストノエル

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