チャクラヒーリングでこころの足枷をはずして自由になろう

あなたを留まらせるものはなに?

飯田サロンの窓を拭いていたら、オオタカが白と茶の大きな羽をはばたかせ空に吹く風に乗って優雅に飛んでいるのが見えました。(飯田サロンはオオタカの生息地でもあるんです)

一瞬にして、自由という言葉が浮かびましたが、夏季休業のあいだも実は「自由」という言葉をよく思いだし実感するお休みでした。

 

チャクラヒーリングをはじめて約10年たって、ようやく分かってきたことや掴んできたことがいっぱいあるのですが、最近、はじめたチャクラ理論を意識したリフレクソロジーの「チャクラリフレクソロジー」。それと、宝石の光線をチャクラに照射する「チャクラジュエルセラピー」は、ここ最近の人気のメニューなのですが、このふたつを多くの方に施術するにつれ、あることが割と明確になってきたのです。

 

それは、そのひとを留めてしまっている足枷がチャクラをヒーリングさせることによって外れていく ということ。

 

過去の出来事からくるトラウマや、悪害をもたらす癖といったものが、徐々にではあるのですが、外され、みなさんが自由になっていくのです。

 

もちろん、足枷を外していくきっかけは、チャクラへのヒーリングだけではなく、ある人にはレイキが有効に働いたり、パワーストーンを身につけることによって起きる変化もあります。

 

症例としてひとつ挙げると、10代から20代にかけて実の父親からひどい扱いを受けてきたAさん。

しかし、Aさんはずっと、父親から受けてきた不当な扱いを、心の中では「愛情」と受け止めていました。

血の繋がる父親に対し、子供は決して冷たい態度や二度と会わないといった決別をすることはできません。何十年と会わないと決めて、実際にそう接していたとしても、こころの奥底には必ず実の両親に対する愛や思いは消える事ってないのですよね。

 

これは、私にも経験があることなのでよく分かります。

たとえ、私を傷つけ、わたし自身をめちゃくちゃな人間にした両親だと思っていても、心の中ではとっくに赦していて、むしろ、だめな両親だと思う自分自身を責めてしまう。自分という人間は親不孝者だ、人として最低だと思う。それが、自分を傷つける原因になるのです。

 

この、子供がどんなに親に痛めつけられたとしても、赦し、愛を求める姿を、私はとある臨床の場や自分のサロンで見てきました。ときには性的な虐待を受けていたにもかかわらず、それがどれほどの罪なのか分かっていたとしても・・・親を求める子供のこころは、なによりも純粋で崇高なものだと、何度も何度も思ってきました。

 

だから、親から傷つけられた経験を持つ方には「親がいらないことだってある」「あなたを傷つけるぐらいなら捨ててもいい親はいる」と言うことがあります。でもこれは、たとえどんなことがあったとしても、最終的に子供は、親を捨てきることができないことを分かっていて言う言葉なんです。そして、一時的に両親を憎み、怒りをぶつける過程が必要なことも。

 

大事な私という存在を傷つけられたことを自分自身が認め、その相手はなによりも私という存在を大切にしなければならない親であることを理解し、それに対し、怒り、認めるという過程を通らなければ本当に意味での赦しは起きないのです。

 

しかし、実際には両親に怒りをぶつけることはむずかしく、Aさんのように受けた傷を「愛情」と思う心理が働くこともあります。

「愛情」と思ったAさんは、その傷を繰り返そうとします。ですが、あくまでも傷が愛情にすり替わっただけなので、どこかがチグハグで自分を幸せにはしないのですよね。

 

Aさんにチャクラヒーリングを受けて頂くようになってからだいたい2年ほどになりますが(受けた年数と結果には個人差があります)最近になって、Aさんの周囲から「変わってきた」「穏やかになった」という声を聴くようになりました。

仕事に向き合う姿勢も以前は仕事がうまくいっているにもかかわらず、楽しそうではなかったのが、最近は実に楽しそうで精神的な余裕を感じられるほど。

 

そのAさんから先日、父親に対して怒りを感じるという言葉を聞きました。

Aさんの父親はすでに亡くなっており、お盆の時期などは墓参りをかかせないというのにです。やっぱり父親はAさん自身を傷つけた、ひどいことをしたと。

 

ヒーリングを始めた当初からAさんのこころには深い傷があり、それが足枷となっていることはなんとなくですけど分かっていたので、怒りを感じると聞いたときは、癒やしが起きていると確信を持つことが出来ました。

 

そして、その怒りが足枷を外すパワーとなって、Aさんはさらに自分らしい人生を歩いてゆけるのだろうと思いました。

 

ひとから傷つけられることを避けて生きることは、きっと不可能でしょう。

だからといって、他者と関わらないように生きてゆくことはできませんし、むしろそれは人生で受け取ることのできる宝物を放棄するようなもの。

 

やはり、人と関わってこその人生や幸せがあります。

どこか人としての宿命のようなものかもしれません。

 

むかし、大事にしていた水晶を猫が床に落とし、内側に亀裂ができたことがありました。レコードキーパーという特殊な水晶だっただけに落ち込んだのですけど、次第にその亀裂から虹が出現するようになりましたが、の傷もまた、私の水晶のようにそこから光を放つのだと思います。

 

だから、傷つくことを恐れずに自分らしい生き方をしていけばいいのだと思うのですよね。大空を飛ぶオオタカのように、自由に。

 

あなたを留めおいて苦しめる足枷は、ヒーリングで外してしまいましょう。

外すのは、あなた自身の仕事です。

ヒーリングは、足枷をはずそうとするあなたの背中を押し、パワーを与え、その仕事がうまくゆくように支えていきます。

 

 

 

 

 

 


ファ.ーストノエル

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