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常識や価値観が変わっていく時

最近、韓国の「馬医」という馬や牛などの家畜のお医者さんから人間のお医者さんになった名医の歴史ドラマを見ていたときに、ふと、今は動物のお医者さんを「卑しい職業」とは絶対に言わないし誰も思っていないけれど、昔々は、馬の医者は「卑しい馬医」と言われていたんだよなということに思いが巡りました。

 

今では考えられないことですが、当時は身分制度があり、国の根幹と言われるぐらい大事なことでしたし、獣と表される馬を相手にする人の身分は低いものだったのですよね。

 

現代では、人間に身分の差はないですし、そんなことをすれば非難される社会ですけど、当時はそれが常識でまかり通っていたものと思うと、私がこれは常識だと思っていることは時間の流れと共に変わっていくと思ったのですよね。

 

人の善悪は誰にも判断つかないですし、分からないことです。

相手にとっては善である行動は、他の誰かから見たら悪になることもありえるということですね。

常識もまた、それに近いのだと思うんですよね。

もし今、身分制度で成り立った国の王族が現代にやってきたら、犬や猫の病院のドクターは先生と呼ばれて敬われ、犬猫が家族同様の扱いをしている姿に「なんて非常識な!」って思うかもしれない(笑)

 

逆に、今の私たちが大昔に行き、ひとには身分の差があり、それによって着るものや食べるもの、住まいに至るまで生まれながらに決められていると知ったら、やはり、「非常識だ!」と叫ぶかもしれません。

 

私が10代後半から20代までというのは、誰もが結婚をし子供をもうけるものというのが一般的なことで、ある種常識として受け取っていました。ですから、その常識を疑うなんてことは思いもつきなかったのですけど、今はどうです?結婚するかどうか?や、子供をもうけるかどうか?も、個人の価値観によって選ばれるのが常識になってきていますよね。

男性はこうあるべき、女性はこういうものという常識も古いとされ、新しい価値観を持って自身の性を生きている方も大勢います。女性なのだから料理をすべきなんて私ですら言わなくなっていますが、40代後半の私たちが子供だったあたりから、男性も料理をするということが各家庭に取り入れられてきた気がします。

 

そう思うと、これが常識だからと疑うことなく生きることは、なんだかちょっと怖いことだと思うのですよね。

私にとっては善だから、きっとあなたにも善に違いないと思って行う行為とおなじぐらい、愚かにも思えます。

 

どんな生き方をしても、どんな価値観を持っていてもいい自由な世界が、どうも今年あたりからより具体的に大きく広がっていくと、新型コロナウイルスの感染が拡大したあたりから感じていたのですが、大昔の常識が今では非常識にあたるように、常識と思っていたことも変わってきているように思います。

 

つまり、自分の価値観や思想、常識によって誰かを傷つけることがないのであればすべては自由なのだという、自分を偽ることをせずとも生きてもいい世界が広がっていくのでしょうね。

 

そうすると、自分自身の心を傷つけてしまう他者と比べてみるということをしなくてもいい、する必要がないと思いませんか?

 

みんなが自由でいいのですから、偽った自分で生きる必要などないのです。

自分が好きなこと、やりたいこと、楽しいと思うことをやればいい世界なのですからね。

 

今年を波動で表現すれば、めちゃくちゃに揺らされる新型コロナという乱波動に揺らされ、ひとつのボウルの中で不要な物は外に放り出され、本当に必要なもの、大切なものが残された。そんな印象があります。

外出自粛のとき、家族と過ごす時間が楽しくかけがえのないものだと気づく人が多くいましたよね。また、なかなか会うことが出来なくなった友人の大切さに気づいたという人もいたでしょう。

 

お金も社会的な地位も、生きることにおいては大切ではあるけれど、もっと、それ以上に自分らしく生きること、好きだと思うことをやること、誰かを大切に思う気持ちなどが自分の人生においては何よりも必要で、なによりも大切だったと気づかせてくれる1年が今年だったように思います。

 

私はひとつだけ、確信を持って言えることがあるんです。

それは、今年のような乱波動でめっちゃくちゃに揺らされるような大変なとき・・・生きていると不条理なことが起きて大変だ!どうしよう!と思うとき。

それらの大変な波を上手に乗りこなすコツです。

 

それはですね、

楽しむこと

感謝をすること

です。

 

私の周りの強運体質の人というのはとても大変な状況に置かれているときでも、楽しむことを決して忘れていませんし、感謝の心を持ち合わせ、それを示すことを忘れません。

だから、逆境を乗り越えて、さらにレベルアップさせていくのだと身近で見ていてとてもよく分かります。

 

特に今年は、人への感謝を忘れてしまった人と、日々、感謝を忘れない人とでは、光と影の濃さがくっきりと分かれるように、運気の流れに大きな違いがでます。

上昇できるかどうかは、自分自身の精神性によって違いがでてくるというということですね。

 

 

 

 

 

 


ファ.ーストノエル

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